山手線

東京の山の手を環状に走る路線の名稱は昔も今も「山手線」で、「やまのてせん」と讀むのが正式です。しかし、国鉄(鐵道院→鐵道省→運輸通信省)内部では「やまてせん」と云ふ讀み方も慣習として行はれてゐました。戰後、占領軍が国鉄に對し、全路線名のローマ字表記を提出させた時、つい、内部で使はれてゐた名稱で"Yamate Line"と書いてしまつたらしいのです。そして占領軍專用列車には"Yamate Line"と書かれ、日本人の間にも「やまてせん」と云ふ讀み方が廣まりました。(「やまてせん」呼稱が生まれた經偉には、他にも説があります)
しかし、「やまのてせん」と「やまてせん」の呼稱が竝立してゐては混亂を招くと云ふことで、1971(昭和46)年3月7日、国鉄は「山手線」の讀み方を「やまのてせん」に統一することとしました。が、未だに混亂があるやうです。「『やまのてせん』は誤り」と言ひ切つてしまつてゐるサイトもありますし。


なほ、本來の「山手線」は品川〜新宿〜田端だけであり、田端〜東京は東北本線、東京〜品川は東海道本線の「間借り」です。(さらに正確に言へば、代々木〜新宿は中央本線)


なるほど。「山の手線」と書かれた列車が走つてゐたのですね。恐らくは職員が間違へたか、「やまてせん」でないことを明示するため(と云ふか「やまのてせん」が正しいことを知らせるため)かぢやないかと思ひます。いつ頃のことでせうか。